名古屋高等裁判所 昭和27年(ネ)218号 判決
控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金九万五千円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、当審において控訴代理人が次の通り陳述した外その余は何れも原判決事実摘示の通りであるから茲に引用する。
控訴代理人は、「仮に本件債権の差押並に転付命令が無効であるとしても、被控訴人は債権仮差押命令の送達を受けた後に合意による契約解除をしたもので、当時被控訴人は、(1) 訴外酒井仙太郎が行方をくらまして他人にその住所を秘していたこと、(2) 酒井仙太郎に財産のないこと並に他に借金のあつたこと、(3) 本件家屋の控訴人の所有名義を、右訴外人が控訴人を欺いて自己の名義に変更し更に被控訴人に売却して被控訴人名義に変更するにいたつた経緯、(4) 被控訴人と右訴外人間の本件合意による契約解除に際して控訴人に何等の挨拶なく控訴人が本件仮差押をしなければ本件家屋の売買代金の支払について右訴外人から支払を受ける可能性のないこと、の各事実を知つていたのであり、右解除によつて控訴人は右訴外人に対する債権の満足を得るに到らなかつたものである。さればかような契約解除は不法に控訴人の債権を侵害したものであるから不法行為による損害賠償として請求趣旨記載の金員の支払を求める。」と述べた。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人が昭和二十六年六月二十七日訴外酒井仙太郎より控訴人主張の家屋を買受けその売買代金残金十五万円の債務を負担していたところ、控訴人が右訴外人に対する債権に基いて、右被控訴人の債務の内金九万五千円に付債権仮差押を為し、該仮差押命令が同年七月十二日第三債務者である被控訴人に送達されたこと、及び控訴人が右訴外人に対する債権に基き前記仮差押にかかる債権に付、債権差押並に転付命令を受け該命令は昭和二十七年二月六日第三債務者である被控訴人に送達されたことは何れも当事者間に争がない、そして成立に争がない甲第二号証及び当審控訴本人尋問の結果によれば、控訴人が訴外酒井仙太郎に対し控訴人主張のような金九万五千円の債権を有したことが認められ、また、原審証人森善一の証言及びこれにより成立を認め得る乙第一、二号証、同山下ことゑの証言並に被控訴本人尋問の結果を綜合すれば、被控訴人は昭和二十六年十一月一日右酒井仙太郎との売買契約を合意解除したことが認められるのであり、右解除は控訴人が仮差押を為した後であり、控訴人の申請による債権差押並に転付命令が被控訴人に送達された以前であることが明かである。そこでかような場合右合意解除によつて控訴人が為した債権仮差押がどういう運命に立到るかについて考えてみる、合意による契約の解除も、民法第五百四十五条による契約解除も、何れも当事者がその相手方を原状に復させる義務を負うことにおいて何等差異はないものと解すべく、この場合民法第五百四十五条但書の第三者の権利を害し得ないこともまた法理上同様であると考えられる。そこで同条但書にいう第三者とは特別な原因に基いて双務契約における一方の債権者からその受けた給付の物体について或権利を取得した者を指すものと解すべきであるところ、いま仮差押債権者である控訴人の地位を按ずるに、民事訴訟法第七百五十条第二項によれば、「債権の仮差押については第三債務者に対し債務者に支払を為すことを禁ずる命令のみを為すべし」とあつて、仮差押債権者に対し特に実体法上の物権若くは債権を取得させるものとは解し得ないのであるから、控訴人は同条但書にいう第三者には包含されないものといわなければならない。然らば被控訴人が訴外酒井仙太郎との合意によりその間に為された本件家屋の売買契約を解除することにより、控訴人が仮差押をした債権を消滅させたとしても、控訴人としてはこれを忍ぶの外ないところというべく、民法第五百四十五条但書の法理を根拠として被仮差押債権の消滅の効果を否定することは許されないものであり、このことは何等信義誠実の原則に反するものではない。されば第三債務者である被控訴人は合意解除によつて被仮差押債権が消滅したことを以て仮差押債権者である控訴人に対抗し得るものと解しなければならない。してみれば契約の合意解除後において控訴人が債権差押並に転付命令を受けてもその差押並に転付さるべき債権が存在しないのであるから該差押並に転付命令は無効であるといわなければならない。
控訴人は仮に本件債権の差押並に転付命令が無効であるとしても被控訴人は債権仮差押命令の送達を受けた後に合意による契約解除をしたもので当時被控訴人は事実摘示の(1) 乃至(4) の各事実を知つていたのであるから、右契約解除は不法に控訴人の債権を侵害したものというべく、よつて不法行為による損害賠償として被控訴人は請求の趣旨記載の金員を支払う義務がありこれが履行を求めるというのであるが原審証人森善一の証言及びこれにより成立を認め得る乙第一、二号証同山下ことゑの証言並に被控訴本人尋問の結果を綜合すれば、被控訴人と訴外酒井仙太郎間の本件家屋の売買契約は、右訴外人の契約履行に関する不信行為から被控訴人の右訴外人に対する告訴沙汰まで発展し結局その示談解決の方法としてこれが合意解除されるに到つたことが窺われ、控訴人の全立証によるもその間殊更に控訴人の仮差押にかかる債権の消滅を企図し或は通謀して控訴人の債権の満足を妨げる意図が被控訴人にあつたものと認めるに足る資料は存在しないのであるから、被控訴人が前記各事実を知つていたとしても、所詮合意解除は違法性を欠くものであり、即ち不法行為の要件を具備しないものといわなければならない。されば、たとえ結果において控訴人にその主張のような損害を与えたとしても、それが被控訴人の自己の権利を保護しようとする正当な行為に基く以上、止むを得ないところというべく、控訴人より被控訴人にこれが損害の賠償を求める権利あるものではない。従つて控訴人のこの趣旨に基く請求は失当である。
以上の理由により控訴人の本訴請求は全て失当でありこれを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴はその理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四条に則り控訴を棄却し訴訟費用の負担につき同法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 杉浦重次 若山資雄 石谷三郎)